ああ、この香り。
またこの香りの中に私はいる。
時空全てがこの香り。
一度この香りに吸われてしまったら、
もう二度と戻ることはできないのかも。
ああ、好きだ。
本当に好きだ。
吸い込まれていく。
このまま香りになって消えていきそう。
表現できない。
他に同じ香りがない。
発酵中の鉄観音の香り。
鉄観音がお茶に変身している夜の香り。
夕方から霧が流れてきて雨と共に急に冷え込み、
深夜までかかった揺青が少し前に終了。
夜明けに茶樹の上で堅くなっていた香りは、
昼にやわらかく膨らんでおかんたちの手で摘まれ、
そこから半日以上私に動かされて、
たくさんの新しい香りを生みだし、
ずっと一緒に過ごしてきて、
深夜になってやっと解放され、
山山が深く眠るこの時間に、
ひとりそっと、
大きく大きくお茶に変身しつつある。
ああ、素敵。
静寂の山の夜、
ひんやりと清潔な大気、
この夜を支配している香りの中にいる。
花のようで花でなく、
水果のようで水果でなく、
おいしそうなのに食べられない、
食べたことないのにとてもおいしいと分かる。
香りが動いている、
次々と移っていく。
香りが生きている、
溢れるように咲いていく。
ああ、なんて美しい時間なんだろう。