(少し前、考え中)
朝摘み、、、なんともったいない、、、。
気孔が開く前に、香りが生まれる前に、味わいが乗る前に、、、止められた。
まだ寝ぼけている時に、笑顔になる前に、本領発揮する前に、、、絞められた。
そんな感じだ。
けど、それはまだいいとしよう。
いつも理想のタイミングで摘めるとは限らないし。
そんなことと比較にならないくらい、大きい問題があるから。
問題は、未成熟。
これだ・・・。
摘む前なら、摘み方で処理のしようもある。
すでに摘まれている場合は、どうしようもない。
未熟、、、まだ摘むタイミングでない。
そういう場合は、摘まない。
生長するまで、待つ。
或は、成熟葉のみ一葉で摘む。
しかし現在は、工人の技術、製茶コスト的に、一葉は無理。
だから、生長を待つしかない。
未成熟の部分は、茶葉にならない。
製茶中にゴミになる。
加工しながら、落として取り除いていく。
その量が多いほど、手間がかかる。
どんどん削れて、仕上がり量は少なくなる。
労働も、原料も、無駄になる。
どれだけ手間をかけても、好いお茶になりにくい。
原料状態がバラバラだから、香りに「ブレ」が生じる。
加工は香りを聞きながら進行する、その照準がブレる。
結果、仕上がりもブレやすい。
香りを聞く。
聞き分ける。
製茶の真髄だ。
心を澄ませ、香りを聞く。
茶葉の声に、耳を澄ます。
その声を聞くことができれば、行きたい方向に連れて行ってあげられる。
しかし、未成熟の原料は、香りのカオス状態だ。
行程が進むと、その複雑さは増していく。
バラバラの香り、その全てに照準を合わせることはできない。
混沌とした香りの中から、照準にする香りを探し出す。
「雑音」に埋もれている「正音」、成熟の香り、その動きだけに集中する。
照準から外れた部分の動きには、耳を閉ざす。
そこは苦味や渋味やエグミ、雑多な味になっていく。
のちのち取り除いていく、そうでなければ好いお茶にならない。
成熟だけを残したい、完熟を救い出したい。
しかし、全部は取り除けない、その度合いを見切る。
妥協点を探し、バランスを見出す。
全て、製茶人次第。
どうでもいいなら簡単だ、「適当」に作ればよい。
とりあえず「茶葉」に仕上げるだけなら、ヒョヒョイのヒョイ、だ。
でも、「好茶」「おいしいお茶」にするのは、難しい。
ものすごく集中する。
時間がかかる。
その間、自問自答が続く。
香りのカオスの中で、感覚も頭も総動員。
明日まで、体力気力、マックスで必要になる。
今の私に、それできる?
無理でしょ。
だとしたらどうする?
どう作るのよ?