| 《蘇州の西山へ!》 杭州の東バス駅から2時間20分、蘇州の南バス駅に到着。高速道路が出来、観光都市同士を結ぶバスはいい車を使っているので快適。
 ぶはっ、埃だらけだよ。工事がすごい勢いで進んでいる、道路はぼろぼろ。ここでもか。
 この街には一体何がおこっているんだ?(注1)
 (注1)5月に世界遺産展覧会が開かれるため、道路・建物・ホテル、
 どこも急ピッチで工事が進められている。
 湖おじちゃんと合流。
 この湖おじちゃんの作る碧螺春が、ここ数年いろんな作り手の碧螺春を飲み比べみて、最後まで心に残って消えない。
 なんでなんだ?なにがそんなに違うんだろう?
 やっぱり畑へ行かなきゃ分からない。
 その探検がやっと実現!前々から約束していたけれど、春の中国は次から次へと緑茶の茶摘みが始まり、あっちへ行けばこっちへ来れず、こっちへ来ればあっちは行けず、
 分身の術とか使えたらいいのになぁ。。。
 体はひとつしかないし、予算も限られているからね、ホンと辛いよ。(苦笑)
 初めての場所はいいね、ワクワク心が弾んじゃう。目にうつるもの耳にするもの、全てが新鮮で感動的だ。
 さあ行くぞ!目指すは太湖の中に浮かぶ島、西山。
 西バス駅まで移動して、まずは昼食。
 そこからさらに埃で真っ白に姿を変えているバスに乗り換える。
 窓ガラスも真っ白で外の景色なんか見えやしない。
 埃だらけの街中を抜けるまでは我慢我慢。
 97年に橋が出来てから、西山の生活が一気に便利になった。それまで島である西山から街に行くには、まず隣の半島の東山まで船で渡らなければならなかった。
 この橋が出来る前まで、西山産のほとんどの碧螺春や果物が東山産として出回っていたそうだ。
 農作物の生産量は東山に比べ西山の方が多いのに、本物の碧螺春の生産量も畑の広さもこんなに違うのに、西山の名前は出てこなかったなんて・・・
 その経路から、西山で一生懸命作ったおいしい農作物の産地が東山のものとして有名になっていたなんて・・・なんかやるせないなぁ。
 でも、よくあること。これまでのことは仕方ない、仕方ない。
 いいさっ、今はおいしい碧螺春や果物、その他の農作物もそのまま街へ出荷できるんだもの。
 よかったねっ、西山の農家の皆さん!
 埃の街を過ぎた頃、バスの窓がなんとなく黄色に変わった。窓全開ーーー!
 菜の花畑だぁ、すごい、すごい、すごい、どこまでも黄色く広がっているよ。
 今度はピンクだぁ、一面の蓮華畑。ということは、ここは田んぼになるのかな。
 ジェットコースターみたいにバスは上下に激しくジャンプして、軽い悲鳴と明るい笑い声が繰り返される車内は、とっても愉快!お、あっちでは真珠の養殖してるね。
 こっちは魚の養殖だ。
 うおーーーっ、海の中を突き進んで行くぞぉ。違うよ、海じゃないよ、これが太湖だよ!
 すごいや、広いよ、波がない、延々と広がる水平線はなんて穏やかなんだろう。
 まっすぐに伸びた橋をバスはどんどん進む。
 向こうに見えるのが西山。ううぅぅ、来た来た来たーーー!
 島に入ったところで終点。あっ、銀行、スーパー、ホテルも?
 閑散としているけど、生活には困らなそうだね。
 ここからまた小さい車を呼んで、島の西北のはずれ、湖おじちゃんの家へ。
 ぜんぜん車来ないね、三輪車も来ないや、、あはは〜っ!
 
 《碧螺春の畑へ!》
 さあ、行こう!島の周りをグル〜っと囲むように狭いけれど舗装された新しい道路が出来ている。
 2年前に出来たとか。
 またまた菜の花畑のお出迎え!ひやー、この島ぜんぜん人がいないや。
 民家は?あったあった。
 古い造りのなんとも雰囲気のある瓦屋根が、果樹園の中からぽつりぽつり覗いている。
 そんな村をいくつか横目に、右側にはどこまでも菜の花と太湖。
 お天気はいいし絵本の世界へ連れて行かれるみたいで、うっとり。
 道端で降ろしてもらい、さてここからは?荷物を担いで果樹園の中のけもの道をえっちらおっちら抜けていく。
 なんか懐かしいいい香りに包まれてきた。
 さあさあ、おとぎの国へご案内〜♪
 え! え! ええーーー!みかんの樹の葉の陰に隠れているのは、そっちもこっちもお茶の樹じゃない!
 果樹園の中を覗いてみればお茶の樹がいっぱい、いろんな果樹と一緒に仲良く植わっている。
 うわっ、なんだ私の横にもいっぱいだ。
 みかん、梅、桃、ざくろ、柿、無花果、琵琶、杏、銀杏、栗、菜の花、野薔薇、野菜
 ・・・
 話には聞いていたけど、こんな風にみんな仲良く一緒にいるなんて♪
 こんなお茶畑、初めて〜。
 ただいまーーー。(笑笑)果樹園の中に現れた村の一農家。湖おじちゃんのお家。
 迎えてくれたのは2人の姉妹、みぃみぃ(猫)、わんわん(犬)、鶏、アヒル、羊、
 兎・・・
 おばちゃんは? 当然畑だよ!
    湖おじ『出来上がったばかりの碧螺春、飲んでみる?』 愛&[女尼]「飲むぅーーーーー♪」                   (愛)
 《焦げちゃった碧螺春》
 明前から始まり数種類の碧螺春を準備して品茶。ここの碧螺春は摘んだ日で分けられ保管されている。
 湖おじちゃんの頭の中には、茶摘みが始まってからの毎日の天気、どこの畑の茶樹で、どんな状態だったか、
 細かく間違いなく記憶されている。すごいっ!
 うほ〜、これが碧螺春だよ♪これはいつの? どんな環境の畑の茶樹から摘んだの?
 ふわ〜、こっちもいいね。これは?
 んん〜、おっと、こいつはすごいや、なにもの?
 体中が龍井から一気に碧螺春に変わってしまったよ。(笑笑) 今年の今の時期はもう2級になる。こちらも昨夜出来上がったばかりをちょっと頂いて、、、っと。
 んがーーー? なにこの匂い?
 すごい焦げくさい、どうしちゃったの?
  愛「ちょっとおじちゃん、これひどいよぉ・・・」おじ『どうした?』
 愛「すごい匂いがする、こりゃダメだよ。」
 おじ『え、どれ? あ、これはまずい、ダメだ、ふぅ、、、。』
 愛「なんで?」
 おじ『昨日この一鍋を担当した釜煎り師が途中で失敗したんだね。』
 愛「商品にするの?」
 おじ『まさか、これじゃ無理だよ、あいやぁーーー。』
 愛「あいよぉーーー。」
 畑から帰ってすぐに夕食の準備を始めたおばちゃんも、台所からこの場にすっ飛んできた。『あいやーーー、全くどうしてくれるんだい。』
 ホンとだよね、、、。何人もで早朝から摘んでやっと少しの碧螺春が出来上がるのに、最後の最後で失敗したら、たくさんの人のその日の努力が台無しになる。
 釜煎りでは、最後まで一瞬の気も許せない。
 でも、この時期は鮮葉が多く一番出荷量が多い2級が作れるから、釜煎りする人は朝から夜遅くまで、汗を流してやけどをしながら必死に煎り続ける。
 みんなが寝静まった夜中、電球ひとつの明かりの下で疲労と眠気と闘いながら最後まで炒ったのに、一人では柴釜の火の調整がうまくいかなくて、結果こんなことになることだってあるさっ。みんなそのことを分かっているから、焦げた香りのついたお茶を見つめながらため息こそつくものの、だれもその人を責めたりしない。
 みんな優しくて、そして強く逞しいね。
 明日があるさっ!
 その分私たちが頑張って摘んじゃうから! 、、、なんちゃって。
                               (愛) 《晩ご飯を探して》
 ここには自然がいっぱい。なにも買わなくても自然が与えてくれる宝物を大切に生活している。
 私たちが品茶に夢中になっている間、2人の姉妹が私たちの為に晩ご飯のご馳走を探しに行ってくれた。すぐに帰ってきた彼女たちの籠の中には、初めて見る野草がいっぱい。
 各家にある井戸の水をバケツで汲んで、早速洗いましょう。
  愛「あ、これは分かる、クコの葉ね。炒めるの?」妹『さっき鶏が卵産んだから、卵と一緒に炒めるの。』
 愛「へぇ〜、おいしそっ。これは?」
 妹『野草。』
 愛「なんていう野草?」
 妹『えへへ、知らない。すごく爽やかな味がするんだよ。』
 愛「そうか、楽しみだなっ。こっちは?」
 妹『これも野草。漢方薬としても使われるんだよ。
 ちょっと苦いけどスープに入れたり炒めたりするとおいしいの。』
 愛「クローバーは?」
 妹『食べたかった?今日は摘んでこなかったから明日ね。』
 愛「こんなにたくさんありがとうねっ♪」
              (愛)
 《碧螺春の釜炒り》
 釜炒りを勉強に行きましょう!30年釜炒り専門のおばちゃんの所へ。
 ここは湖おじちゃんのお兄さんのお家。
 『よっしゃ、いいよ、よ〜く見ておきな、ちょうど今から次のお茶を炒るからさ!』 『なに?日本人?うははーーーっ。』『ちょっとみんな、日本人だってさっ!』
 鮮葉の選別をしていた何人もの視線が一斉にこちらへ。
 『本当に日本人?え?もう一人は香港人?』
 『見た感じ、みんな変わんないね〜。』
 そりゃそうさっ。みんな大笑い♪
 柴(=薪)の調節をしてだんだん鍋(=釜)の温度が上がってきた。今だーーーっ。ドサー。
 両手でやさしく上から掴んでひっくり返して、、、まずはこれを繰り返す。>動画再生!
 一鍋の鮮葉の量は、龍井と比べるとかなり多い。2斤(1s)近くある。
 龍井は一鍋が1斤(500g)にも満たない。
 そうか、龍井みたいに鮮葉の影干ししないもんね。
 鍋に入れる時点で、鮮葉に含まれる水分量がぜんぜん違う。
 今の時期はもう鮮葉も大きいし。
 それに三回に分けて回鍋以降徐々に量を増やして炒る龍井と違い、碧螺春は最初から最後まで一鍋で仕上げるし。
 ふえーーー、2分位してすっごい水蒸気が上がってきた、もくもく真っ白。おばちゃんの両手は既に真っ赤赤、げげっ、熱そぉ、、、。
 ちょっと味見♪ふむふむ、まだ鮮葉の味が強いね。
 ここで軍手着用。慣れている人でも一日に何回も炒るから、
 軍手しないと両手の皮がずる剥けになっちゃう?
 ひえー、確かにおばちゃんすごい職人の手をしているもんなぁ。
 鮮葉が熱せられて一気に出てくる大量の水蒸気の温度は、一体何度あるんだろう?夕方から急に冷え込んできて雨も降り始め、ブルッとこんなに涼しいのに、おばちゃんのすぐ横でぴったり寄り添っている私も、もうじっとり汗をかいてきた。
 まだ数分しか経っていない。今の時期の茶葉は、炒りあげるまで一時間近くかかる。
 ちなみに、明前茶などの早い時期の小さな鮮葉は40分位で仕上がる。
 もちろんその日の気候や鮮葉によって一鍋ごとに違うから、炒り師の感覚が命。
 最初から7分位経った頃、水蒸気が急に減ってきた。おお、行程が変わった。
 茶葉の状態を目で耳で手の感触でよく記憶して、、、っと。
 鍋の中で両手を使い時計回りに揉み始める。
 一般に言う《揉捻》という作業の最初の段階だが、現地の言葉で《カーン》と言う。
 この状態ではまだ力はそんなに入れてはいけないのね。ちょっと味見♪ふむふむ、かなり粘度が出てきている。
 ここまで10分位経過した。おばちゃんが軍手を片方はずす。
 また両手で《カーン》。
 《カーン》の後は、固まったお茶葉を両手でやさしく広げてあげる。
 これを《翻》と言う。
 少しでもくっついているとそのまま固まってしまうから、指先で急いでやさしく放してあげる。
 しばらくは《カーン》と《翻》の繰り返し。
 おっと、ここでおばちゃん柴を足しに裏へ周る。温度が下がってきた、急げ、急げ。
 え?お茶葉はどうする?
 うわーーーっ、私の出番だあーーー!急いで、急いで、落ち着いて、落ち着いて・・・
 《カーン》、、、《翻》、、、《カーン》、、、《翻》、、、。
 お、本当だ、もう思ったほどそんなに熱くないや。ん? うげげ、やっぱり熱いやぁ〜。
 それでも手を放しちゃダメ、焦げちゃう、くっついちゃう、
 根性だ、気合だ、がんばれーーーーっ。
 おばちゃんニヤニヤしながら戻ってきた。「お、なかなかやるね。でも、ちょっと交代。」
 はいはい、よろしくぅ。
 ここで、またちょっと味見♪ お、かなりお茶っぽく苦味が増して味が変わってきぞ。
 最初から20分程経過。《カーン》の力がかなり強くなってきた。
 (茶葉の状態は、、、ふむふむ、こんな感じね。)
 おばちゃん『フンーッ』『フンーッ』って腰と上半身に力入れながら、汗タラタラで頑張っている。
 また裏へ周って柴の調整。おいおい、また私かよーーー、いいの? 嬉しいけど♪
 最初から30分程経過。粘度は減り、水分量も減ってきた。
 ここで次の工程へ!
 一鍋の中の茶葉を5〜6回分に分けて、両手のひらの中でお団子をこしらえるように、ころころ転がす。まずは軽く軽くね。
 これを《団》という。
 愛&[女尼]「これが《団》!お団子ね、おっぼえやす〜い♪」
 《団》をしながら、同時に《焙干(乾燥)》。少しづつ《団》にした茶葉を鍋に戻した時のその開き具合を見ながら、
 (もうそろそろいいかな?)
 よし今だ、力を入れた《団》に入ります。
 わっせ、わっせ、わっせっせーーー。
 うぎゃ、これもかなり熱いや、左の手の平がかなりやばいことになってきた。
 負けない、頑張るっ!
 《焙干》が進み乾燥してくると手の中の茶葉の感覚も随分変わってきた。ここまで来ると、力を入れたらボロボロに崩れてしまう。
 もたもたしてたら、焦げてしまう。
 やさしく軽く急いで《団》と《焙干》を繰り返す。
 パラパラ、パラパラ、、、。
 鉄の鍋に茶葉が当たって聞こえるいい音が鳴り出した!
 ゴールは近い。
 もう《団》は終了。炭になっている柴の調節をしながら、やさしく軽く《焙干》。
 一瞬も目を離しちゃいけない。
 葉の白い産毛が浮き出してきた。
 もう少し、もう少し、もう少し。
 そろそろ来るぞ。
 もういいかな。
 来るぞ、来るぞ、来るぞ。
 いいいいいいい、、、今だあーーー!
 鍋から急いで崩れないように茶葉を取り出し、紙の上に広げて冷まします。出来たぁ〜♪(一同拍手!!)
 炒りたてホカホカの碧螺春、ほげ〜、たまらない香りだね〜。
 オッと、忘れちゃいけない後始末。鍋がまだ熱いうちに水を入れて《ささら》でジャカジャカ洗います。
 うほっ、すごい色。
 水の色がどんどん真っ黒(真っ茶色)に変わっていく。
 これが《茶汁》。
 《茶汁》がないお茶なんてないけど、今の時期は明前よりも濃い。
 一度捨てて、二回目はすすぎ。清潔、清潔。
 余熱で鍋を乾かし、、、一鍋終了♪
 さてさて、この碧螺春は誰の手に渡るのかな?ちょっとだけ失敬して、、、うきき♪
                     (愛)
 《茶摘み娘帰宅》
 茶摘み娘たちが帰ってきた。お疲れさま〜!
 こんにちは〜!
 みんな人懐っこい笑顔だね。
 摘んだ鮮葉を測って、大きなタライヘ移します。
 疲れた足を井戸水張った洗面器で洗って、、、。
 さあ、みんなもう一仕事。
 テーブルに今日摘んだ鮮葉を山盛りにして、新芽ひとつづつ選別に入ります。うへ、、、この作業も大変だ。
 《茶梗(新芽の付け根の部分)》や大きい葉をひとつひとつ丁寧に取り除き、
 《茶[米子](茶の実)》や《老葉子(昨年以前の茶葉)》も取り除いて捨てる。
 《茶[米子]》や《老葉子》やその他いろんな植物の葉などが、
 茶摘みをしている時に自然と《籃子(摘んだ鮮葉を入れる籠)》の中に入ってしま
 う。
 時には果樹園の中を抜け、時には茶樹の間を練りながら茶摘みするからね。
 でもさ、《茶梗》は茶摘みの時に最初から気をつければいいんじゃないの!そうしたらこんな大変な作業しなくて済むのに・・・
 ま、日が暮れる前にたくさん摘まなきゃいけないのは分かるけどさ・・・
 丁寧に摘んでいたら鮮葉の量も少ないしね・・・
 でも、ちょっと《茶梗》が多すぎない?
 なんてブツブツ言いながら、一緒にお手伝い。
 これが済まなきゃご飯が食べられないぞぉーーー。
 茶摘み娘たちと一緒にせっせと手を動かしながら、一言話し出したらもう次から次へと質問攻め。みんなおしゃべり大好き。どこの国も一緒だね♪
 愛「なんだこの茶葉?大っきいな〜。」娘『うわ、誰が摘んだの、そんなの!』
 愛「あなたでしょ〜!」
 娘『なんでよー。』
 愛「だって名前書いてあるもん!」
 娘『ぎゃははーーーー。』
 あーだこーだ冗談言いながら、山盛りの新芽のチェック、がんばろうね。 湖おじ『もういいから先にご飯食べなさい。』一同「あと少〜し!」
 晩ご飯前に全部は出来ないよ、だって大量なんだもの。このテーブルの山が終わっても、まだ大きなたらい一杯に鮮葉が待っている。
 がんばれ、がんばれ。
 湖おじ『もういいってば、先にご飯ご飯!』一同「はぁーい♪」
             (愛) 《なにも聞こえない夜》
 夕食の片づけが終わって洗面道具をとりに2階へ行く。二階は、湖おじちゃん&おばちゃんのお部屋と作業部屋、一番広い部屋は姉妹のお部屋。この部屋に大きなベットがふたつあり、ひとつのベットを私たちに貸してくれている。
 やさしい姉妹は1枚の布団に包まって抱き合うように眠りについている。
 寒い夜、私たちには2枚の布団を用意してくれている。
 ありがとう・・・
 一番のお気に入りの広いベランダ。このベランダからの景色はきっと一生忘れることは出来ないだろう。
 今は夜9時。眼下に果樹の海が黒く広がり、所々から農家の屋根がのぞき、果樹の海の向こうにはなだらかな小さな山の稜線が伸び、
 雲のない冷たい広い空から降り注ぐ月の光は、この村だけを輝かしているような錯覚さえ起こさせる。
 果樹の海に隠れてたくさんの碧螺春の茶樹も眠っている。
 とても静か。
 なにも聞こえてこない。
 『ふわ〜』思わずため息をついた自分の声が妙に大きく響いて驚く。
 この静寂を誰も破ってはいけないような気がする。
 いつの間にか私もこの静かな夜に溶け込んで呼吸をしている。
 井戸まで顔を洗いに行こうとそっとそっと下へ降りると、茶摘み娘の部屋ももう真っ暗で物音ひとつしない。明かりのない外も月の光が井戸の場所を教えてくれる。
 持っている服を重ね着して薄い布団に包まる。寒い寒い夜。
 静かに眠りに落ちる。
            (愛) |