当サイトについて

おいしいお茶が飲みたくて、

おいしい正体が知りたくて、

おいしいお茶を探究し、

もっとおいしいお茶の実現に挑戦しています。

 

1996年、
リュックひとつで上海港に初上陸し
言葉も分からない知り合いもいない中国大陸を
『書家』の卵として西安拠点に歩き回っていたはずが。。。

時が流れ、
『茶師』と呼ばれていて気がつけば
創る『作品』はいつしか『茶葉』ばかりになっていた。。。

このサイトは、
そんな愛子(隊長)の
自分探しの冒険を記録し続けているノートの、
ほんの一頁です。

 

*2000年、
@お兄ちゃん(管理人)がそのことを知り
『すっげー!誰かに伝えたーい!』とホームページ作成。

*2003年、
ふいみん(副隊長)がそれを発見し
『すっごーい!楽しそー♪』と冒険の仲間入り。

 

※この頁には、「愛子のやりたいこと・やってきたこと・やっていること」が書かれてあります。ここまで約20年の活動の「あらすじ」です。現在も継続中の為、時々更新されます。(2022/06)

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「だって、私の知りたいことは、
誰も知らないしどこにも書いてないし誰もやってないし、
誰も分からないのに誰も知ろうともやろうともしないから、
自分でやるしかなかったっ♪ 」(※1:この頁の最後部、ご参照下さい)

 

「私、もっとおいしいお茶が飲みたいっ!でも無い。だから作るっ♪

特別な気配を感じる各地点の茶樹から生まれるすっごいっ☆茶葉たちを、
それぞれ仕上がりの瞬間から10年20年30年50年先の老茶になるまで
365日適切な保存法と環境で育てながら、、、

製茶中のどのような状態とどのような感覚が
どのような変化を経てどのような仕上がりになって、
その製茶直後のどのような品質とどのようなおいしさが
その先いつどこでどうしてどのように変わっていって、
もっと先々それらのどこからどのようなおいしさが
どのくらいどのように出現してくるのか、
そのおいしさのためには製茶時の何がどうで
どこがどのようであればより好いのか、
そのために人ができることは何があって
いつ何をどの段階でどの程度どのような方法で
どのくらいの期間どうしておくべきか、
等等知るために、、、

複数地点の同じ茶樹たちを継続して
地点ごとにそれぞれに適した剪定法で育てた上で
更に同地点内を様々な特徴で分けて毎シーズン別々に製茶して、
心に果てなく浮かぶ疑問と仮説の数々を
より厳格な国家審評法と常に進化させる独自の製茶法で
実験と検証を積み重ねて確認し続けて、
第六感が感知し五感が体験する
ひとつの現象に対するそれぞれの観察情報を同時並行で
言葉と数値と画像等で現場で記録し続けて、
学び培い会得した知識・経験・技術を相互に応用しながら
実践に活かしては全ての過程で考察をもっと掘り下げて
新しい別の観点や論理を見出し続けて、
等等やり続けて、、、

茶葉と向き合っている限り、
茶葉と知覚の聯動性を体感で体得することに絶えず集中し、
分かるまで止めない。

そうやって天と地と人の繋がりを、
『その結晶である茶葉』と
『そこに至る記録』と
『そこから始まる記録』と
『それら全ての過程で得た知覚たち』を総動員して探究しながら、
もっともっと、
ドキドキ♡ワクワクしちゃう未知なるおいしいお茶への挑戦を続けたいっ!」

 

「そうか。私ね、
自分の命がおいしいと感じるものの正体が一体なんなのか知りたいんだ。
そのひとつの手段として、自分がおいしいと感じるお茶を探究しているんだ。
茶葉は実物だから、感覚は見えないから。

見えないものたちの方があんなに圧倒的なのに
その欠片すら形に現すことはできない。
人間の言葉に変換しようとするほど
あの全てが実体から乖離していく。
あの中で生まれた茶葉たちは
あれらを別の形で記憶して
更なるものたちで再現してくれるんだ。

天地の中で溢れてくる数多の感覚たちと共に没頭する無上の時空間、
茶葉たちの声を聞きながら進んでいく深い静寂の世界、
その果てに誕生する一握りの茶葉、
そこに湯を差した瞬間から現れてくる新たなる見えないものたち。
それらがいつも、
更なる宇宙の存在とその扉を開く鍵の場所を教えてくれるんだっ♪」

 

「あのね、もしかしたら、
本当にスタート地点に来られたのかもしれない。
20年、信じて歩き続けていたら、突然強風に運ばれて、
気がついたら、やりたいことの実現がいよいよ始まっている感がするのっ☆」

 

「そうだよ。表現なんだ。
きっと私、もっと表現したいんだ。
見えないものを、見えないもので。
お茶は、それを可能にしてくれる唯一の作品なんだ。

茶樹が生きているあの場所と
茶葉が変身するあの場所にいつもいる
時に秘やかに
時に激しく姿を変えて
常に動いている
誰とも共有することができない
あのたくさんの見えない存在たちを、
同じように見えないけれど
お茶になった瞬間から次々と現れてくる
飲めば誰かと一緒に感じることが可能な
あのたくさんの見えない存在たちで。

近づけたいんだ。
だって、どれだけの茶葉が仕上がっても
自分の体験が知っている世界の
ほんの僅かな部分しか現われてこない。
それでも、毎シーズン確かに増えていく。
少しずつ、少しずつ近づいている。
すると、もっとおいしいお茶が生まれている。

いつか実現したいんだ。
感じたいんだ。
ふたつの見えない世界が、茶葉を支点に、天秤で釣り合うを。
私、それに挑戦しているんだ。。。

どああー!!一体どんなおいしいお茶になっちゃうのだーー♡♡」

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◆幻の龍井・愛の茉莉花茶・根性の碧螺春(2000年~)

数百年前から継承されてきた伝統的な手作りの獅峰龍井・福州茉莉花茶・洞庭碧螺春・安溪鉄観音等々を、2000年から毎年継続して、各作り手さん方の家で共に働き生活させていただきながら製茶してきました。年に数ヶ月滞在させていただき、茶樹の剪定を含め製茶の全ての過程を継承しながら、連日連夜実践を重ねました。

そうして、代々の作り手さん方も気付いていないその心ときめくおいしさを遙かに超えるおいしさが時折彗星のように出現する時、それが一体どこから来るのか、その正体と仕組みをずっと探究していました。

ところが、時代の急激な変化にそのような伝統的な茶葉は次々と作られなくなり、瞬く間に製茶現場から消え、見る見る何もかも様変わりし、あっという間に2度と作れない環境となり、2013年には残るは安溪鉄観音だけになってしまいました。

しかし、偶然ながらそれぞれの偉大な歴史の最期の10年に不思議なご縁で結ばれて、深く学ばせていただいたその全てが生かされて現在に繋がり、今尚発揮されています。

 

◆魂の鉄観音(2002年~)

現在の主軸は、安溪鉄観音の中でももう市場に出ることがない、希少種による『伝統茶』の研究です。その中でも更に貴重な、100歳超え(推定樹齢200年超え)の複数地点の百年樹を含め、長寿の『老茶樹』のみ製茶しています。

「ある奇妙なご縁」があったそれらの老茶樹だけに的を絞り、追究的な製茶を継続し、その宇宙級のおいしさと、それらが『老茶』となり伝承の『薬用茶』に変身していく謎を探究しています。

 

『愛鉄♡新茶』『愛鉄』:中国の茶友たちによる『子製観音茶』の呼称)
①原料の老茶樹たちを、年間通して他と区別して管理し、茶園の歴史が深い他の各銘茶の産地で学んだ剪定を応用した剪定法で手入れし、②それらから収穫した鮮葉を、毎年春秋の2シーズン、代々継承されてきた伝統的な製茶法を基礎に、別カテゴリーの各地各種の伝統茶で学んだ様々な内容を応用した伝統法で製茶し、③そこで仕上がった『新茶』を、約100天(約3ヶ月)間数度にわたり、国家標準以上の視点と厳しさを基準とした、製茶師と評茶師の両面を同時にフル発揮する審評法で審査しています。

『愛鉄♡老茶』
④③で合格した『新茶』を、専用の場所で365日通して管理し、現代の知識・技術を活用し長年様々に比較している保存実験の結果を活かした保存法で保存し、⑤その全種類の茶葉を、各々3000天(約10年)以上を目標に、定期的な審評等を続けながら、劣化要因から遮断した状態を仕上がり時から維持している等の様々な前提から過去に例の無い『老茶』に育てています。

①~⑤の、茶樹が『新茶』を経て『老茶』になっていく全ての過程で、全ての茶葉の原料・製法・保存・審評等の詳細を、感覚と数値と画像等を合わせて残すことを意識した方法で、記録を続けています。

このようにして、長期的な観察・実験・検証・分析等を継続し、それらの明確なデータの記録を蓄積し、多角的且つ多面的に比較・紐付け・思考・推理しながら、茶葉個々に異なる多種多様な製茶過程のそれぞれの要素が、多岐にわたる結果にどのような影響を及ぼすのか等、確認を続けています。

こうして、探し続けています。

 

原料に選抜した老茶樹たちは、なんとも奇妙なご縁の茶樹たちです。

彼らは、まだ何も知らなかった出会いの時からいつもただならぬ特別な気配で、1度でも魂震えるおいしさやその片鱗を見せてくれたことがあります。それぞれが多々ある茶樹とは一線を画した違う個性でありながら、そのどれもがもっととんでもなく高質で前代未聞の特性を秘めていると感じ、それを飲んでみたいと心が強く求める茶樹たちです。そのような老茶樹が、全部で9地点にあります。

当初は、どれも周囲と同じ剪定法だったため、外見では全く区別がつきませんでした。にもかかわらず、何時間歩いても同じような茶樹が延々と続く広大な茶園の中で、なぜかいつも同じ茶樹を見つめている自分に気付き、不可解で気になりました。そのような茶樹が複数地点にあり、離れた環境の違う山山に点在していることと、それら全てを合わせてもおとん(※2)の茶園全体の数100分の1となぜか極端に少ないことも不思議で、どういうことなのか年々気になりました。

後に調べたところ、それらだけは他の茶樹と異なることが分かりました。全て『天然野生紅芽(※3:エピソード「9つの老茶樹」、ご参照下さい)』の子樹である上に、8地点は特に樹齢の長い老茶樹でした。内3地点は、現存することが奇跡のようなご長寿で、まだこの辺りに茶園の文化が無く鉄観音が天然の野生茶樹であることが当たり前だった時代に、おとんのご先祖さま(2地点)とおじい&子供だったおとん(1地点)が、森林に挿し芽で増やしたものでした。

奇しくも、彼らは全て非常に希有な存在でありました。希少な品種の上に希少な樹齢をも兼備した、安渓鉄観音として極めて貴重な存在であることに加え、おとんのルーツである方々が直接触れたその歳月と思いを知る、わずかに残っていた個人として特別な存在が全て含まれていました。

そのような不思議なご縁の、数少ない茶樹たちです。

 

ここに来て、突如として長年実現できなかった理想の製茶体制が現実になり始めている感があり、更に、それによって知らず識らず、長年目指してきたスタートがしかも夢のような原料でもうすでに切られている感があります。

約20年、
もしも
特徴の違う特別な茶樹たちを
少なくとも10年以上連続して
安定した且つ信頼できる高度な技術レベルで
別々に製茶した上で
科学的で適切な同条件で育てながら
定期的に高水準の審評等で観察と分析を継続し
『超1000天で貴重な薬用茶になる
超2000天で効果が激増する
超3000天などあったら黄金より価値がある』
と伝承されるもっと先まで
それらを一斉に揃えることができたなら、
その時に初めて知ることが可能となる
まだ誰も知らない&もう他の誰にも実現できない
多くの未到の世界を見ることを夢に。。。
そして、
その夢を超えた先に
きっとみつけることができると信じる
自分の命が求める一番おいしいお茶と出会うことを目指して。。。
まずは、
それを実現できる自分になることを目標に。。。
ひとつひとつ、
諦めずに挑み続けてきました。

もしかしたら本当に、いよいよ宇宙級のおいしさの謎解きのステージに突入できたのかもしれないと、終に夢の実現のスタートを切ることができたのかもしれないと、ここ数年ドキドキ♡が止まりません。

 

※2:おとん:非物質文化遺産伝統安溪鉄観音伝承人・福建省十大茶人・福建省製茶大師・政府関連の茶王賽評委も長年務める・他

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※3:エピソード「9つの老茶樹」

これも偶然なのか、9地点の老茶樹たちは全て、絶滅した『薬用茶』の種であり、その子樹たちでありました。

彼らは、かつて大森林に自生していた数10種以上の野生茶樹の中で、その中に10数種あった鉄観音の中でも、唯一『薬用』として古くから土地の中医(漢方医)たちに伝わり、その効能の大きさと生態数の少なさから珍重されていた種である、『紅芽(鉄観音)』でありました。しかし、すでに見つけることが困難になっていた母樹であるその『天然野生紅芽』は、2004年夏頃わずかに残っていた原生林が開拓のために焼かれた後、絶滅状態となり、最後に製茶できたのは、その直前の2004年春茶になってしまいました。そんな現代に、彼らは奇跡的に生き残っていたその子樹(母樹の新芽を挿し芽して増やした茶樹)たちである、『天然野生紅芽2代目』でありました。

後になって、多くの情報を整理し、そのような背景の珍しい茶樹であることに気付きました。

 

初めて安溪に入ってから10数年にわたり、様々な説がある情報を集め、整理しました。特に『鉄観音』『陳年茶・老茶』『薬用茶』に関してアンテナを張り、おとんや他の茶農家さん・安溪茶叶管理委員会・旧国有茶叶公司・茶商・研究者等、安渓で長年茶葉に携わっている立場が異なる方々から、ヒヤリング等を重ねました。

同時に、代々『天然野生紅芽』を『薬用茶』として製茶し、その生態地点を数多く知っていたおとんと一緒に、その実態を調査しました。毎年、おとんが記憶する限りの全ての地点を周りながら、近隣の山山を毎回ルートを変えて山頂まで登り、探し歩きました。結果、早い段階で急速に消滅していき、最後まで残っていた地点も全て根こそぎ失われたことを確認した後、再生を期待したものの、10年以上1本も見つかりませんでした。

その歳月の中で、次第に、残っているこれらの子樹たちの希少さや貴重さが想像以上であることに、気付いていきました。

 

そしてもう一つ、「自分がこの地と強く繋がることになった根底にあるお茶」の子樹たちである、ということにも気付いていきました。

2003年秋、初めてお茶で大衝撃を受け、猛烈に惹かれ、毎日飲み続け、その樹に会いたくてこの山に来ました。いつも心から離れず、常に飲みたくて、しかしもう作れなくなってしまった、あの日おとんが体調を崩した私に届けてくれた「あのお茶」。あの日からずっと変わらず「自分史上一番作りたい茶樹」でありながら、作る前におそらく永遠に失われてしまった茶樹。

彼らは、その分身たちである、と気付いていきました。

 

振り返ってみれば、「あのお茶」に出会った当時の安渓は、すでに新しい時代に大突入しており、産地全体で若木の原料を量産する流れが猛進していました。

その少し前に開通したばかりの電気が農村部まで普及し始め、急速に現代的な茶園開発が進み、至る所で新しい苗木が植えられ、山が切り開かれ道路計画が山間部まで進行し、市場では『現代茶』が主流となり、現場では製法が著しく変化していました。

そのような中で、老茶樹は『不要、做不来好茶、香不高、没用(必要ない、好いお茶が作れない、香りが高くない、役にたたない)』とされ、各地で野生のみならず古い茶園の老茶樹も品種問わず全て抜かれていました。

その波はたった数年で、おとんが若い頃はまだ野生の虎や鷲も生息していた程、安渓の街から遠く離れたこの奥地の、さらに人里離れた高山の山頂近くでひっそりと生きていたこの老茶樹たちにまで、知らぬ間に迫っていました。

 

ある年、なんの前兆もなく、言葉を失う光景を目にしました。

所有者であり人生の大半をかけて手入れし育ててきたおとんも知らないうちに、もう1地点あった立派な老茶樹たち(おとんの初代樹)が、1本残らず消えていました。そこには、辺り一帯と同じように、赤土が剥き出しになった山肌に箸程の幼苗がびっしりと植わっていました。

その数年前から、すでに作られなくなっていた『伝統茶』を飲みたいがために、懸命に年月を過ごしていた最中でした。毎シーズン自分で作り続け、愛飲し続け、無くなりかけていた作れる環境を復活させ、それを維持しつつ、そのために必要な費用を出し続けていました。そのようにして飲みたい人間がまだいることを一生懸命伝えながら、いつか自分が作りたい茶樹中心で作ることを目指して、まずは、おとんが選んでいた若木の原料をどのような条件下でも納得できる『伝統茶』に仕上げることを目標に、日々精一杯取り組んでいました。

しかし、そんな程度で太刀打ちできるようなことではないことを、足元に広がる光景で知りました。

 

茶樹がなくなれば、例え他が全て揃っても、永遠に作ることはできなくなります。

せめてまだ残っている老茶樹は抜かずに育て続けて欲しいなどと願ったところで、口にはできません。おとん一家にとっては、少しでも高値になる茶葉を増やしたいところに、『作っても好茶にならず安値にしかならない』老茶樹を残しておくことも、その手入れに膨大な手間暇とお金をかけ続けることも、死活問題でした。

どうすれば自分が飲みたいお茶を飲む道を作ることができるか、必死に考えました。

たどり着いた答えは、まずは、おとんの老茶樹に対する強い固定観念をひっくり返すことです。もしもそれができたら、道は拓けるかもしれません。しかし、それができるとしたら、お茶で立証する以外になく、そんなことは現実離れしていました。おとんはもとより、その背景にある強大な流れと真逆の方向に進む、ということにもなります。想像するだけで更に理解者のいない長く険しい道が見え、生きている間に出口を見つけられるとも知れず、途方もなく思えました。それでも自分の心は、目の前の彼らに可能性を強く感じ、その先にある未来を確信して、そこで初めて出会える香りや味わいたちにドキドキし、それを一緒に飲んでいる人たちの見たこともないような笑顔にワクワクして、早くその場所へ行きたくて一直線に向かっています。その心を信じて、その心に従いました。

すでに歩み始めていた先の見えない長い道のり覚悟の挑戦に、更なる挑戦を課しました。

 

明日にもどこかが抜かれるかもしれない状況が続く年月、無くなるのが先か、成功するのが先か、お金が尽きるのが先か、という時の中で、聞けば誰もが何もかも到底不可能だと一笑に付す、未知数の挑戦を続けました。

まずは、すでにおとん不在が常になっていた『伝統茶』の製茶現場で、それまでのように単に「伝統的な製法による良質な茶葉を安定して作ることに単独で成功する」ことを目標にするだけでは、もう間に合いません。その上で、老茶樹の本領を発揮させる製法を発見し、それぞれから説得力ある高質さでありながら他には無い個性が魅力の茶葉を生み出し、それを毎シーズン連続して、数年に渡って成功させる必要がありました。

続いて、それら全てをそれぞれの製茶シーズン終了後、その場で直ちに&その後も継続して、審評法でおとんに複数回飲んでいただく必要がありました。

おとんは、人間の言葉では多くのことを認識しません。しかし、実体験の感覚でなら、野生動物並みの速さと正確さで多くのことを認識します。その認識が心の核まで達すれば、頭が忘れても身体が反応し、そこに嘘やブレがありません。おとんにとって、お茶はその最たる物です。

そこでお茶を介して、「この香りや味わいが事実であること」・「素晴らしいお茶を作ることができる価値ある茶樹たちであること」・「故にかけがえのない素敵な財産で残すべきであること」を、言葉では無く、体感で確認できる現象で示し続けることで繰り返し伝えようとしました。目指すのは、それらのことをおとんの五感が本気で納得し、その認識がおとんの心の核まで至ってくれることです(継続中)。

並行して、こうして生まれる茶葉たちを一緒に飲み続けてくれる仲間(《心の隊員》)を探し、時間的にも費用的にも精神的にも長期戦が必須となる、この挑戦の継続を目指しました(継続中)。

最低でもここまでをクリアできなければ、この先にある夢の実現など、夢のまた夢です。

 

まだまだ道半ばであり、他の不安要素も多いものの、当初は『偶然だろう』と信じられない様子だったおとんも、それが目の前で何年も続く現実に、徐々に変化していきました。

『奇怪だ』『どうして愛子は全部を好茶にできるんだ?』『好茶になるのは全体の1~2割だった、多くても3割だった、しかしそんな年は滅多にない、それでも自分は他の人より多かった』『愛子は百発百中だ、なぜだ』『それが何年も続くなんておかしい、聞いたことが無い』『しかも、どんどんレベルが上がっていく』。。。

『ありえない』『どうして天気が悪くても好茶になるんだ?』『そんな経験自分には1度もない』『そうだ、あの一生に1度飲めるかどうかの「15春のあれ」も、愛子が作った日は雨が降ったんだ、誰も手伝いに行かなかった、あんな凄いの飲んだことがない、一体ひとりで雨の日にどうやって作ったんだ』。。。

『どういうことなんだ?』『自分の人生の茶王は愛子が作った「13秋のあれ」だった、あれ以上はないと思った、なのにその後もっとすごいお茶が出てくる』『自分は何度も言った、これが最高、これ以上は無い、あるわけが無いと、その時は本気でそう思ったんだ、だが、愛子は次にはそれを超えるお茶を作る』。。。

『どうしてだ?』『愛子が作ると老茶樹が特別なお茶になる、どれも茶王以上だ』『自分が作ると老茶樹は香りが出なかった、好茶になど1度もならなかった、そう言われていたし、他の人もそうだった』。。。

『分からない』『しかし、どうすべきかは分かっている』『愛子が作っている側に自分は行ってはいけない、自分が顔を出すと愛子のお茶が壊れてしまう』『誰も近づいてはいけないんだ、見に行ったり話しかけたりしたら絶対にダメなんだ』『誰かが愛子の邪魔をしたら、こんなお茶は2度と飲めなくなってしまう』。。。

『知らなかった』『老茶樹は本当においしい、香りも味も特出している』『好きだ、もっとたくさん飲みたい』『あぁ、なんと惜しいことをしたのだろう・・・、もう他には残っていない、増やすこともできない』『安渓中探しても多分もう見つからない、あったとしても数株だろう、それではお茶にならない』『愛子の言うとおりだ、非常に貴重だ、抜いたら絶対にダメだーー!!』。。。

こうして、毎シーズン少しずつ、10年以上かけて、おとんは変わっていきました。
それによって、おとん家族の考えにも変化があり、植え替えられてしまうことをいつもぎりぎりのところで、なんとか阻止し続けられています(2022年3月現在)。

 

単独製茶になってから10年程したある日、この9地点の老茶樹を、おとん一家が『愛子的(愛子の)』と呼んでいるのを耳にしました。

どういうことかいつの間に、おとんもおかんも彼らの子供たちも、『愛子にしか作れない』『愛子が一生研究する』『愛子が来なくても誰も手を出してはいけない』『愛子はもっと好いお茶を作る、必ず作る、絶対だ!』と、心から信じてくださっていました。いつどうして何が決め手でそういうことになったのか、未だに謎ではありますが、その期待に満ちて向けられる爛々としたまなざしと、好いお茶が仕上がると家族の誰もが我が事として喜んで盛り上がっている姿に、いつも心が震え、身体が熱くなります。

いつか作れなくなる日まで、常に今日が最後かもしれないと取り組んできた姿勢を変えず、次はもっと上を目指して自分にできる精一杯をやり尽くしたいと、いつだって気持ちがこみ上げてきます。

 

気付けば、2017年春から完全に「9つの老茶樹」専門で製茶しています。しかも、その時から考え得る最高メンバーでの製茶体制になりました(継続中)。

すると、明らかに仕上がった茶葉がそれまでとは違うステージに入りました。そこから、3年6シーズン油断せずに研鑽努力を続けると、茶葉たちは更に驚くべき上昇を続けました。

行けるかもしれません。
彼らとなら実現できるかもしれません。
もしかしたらスタート地点に来られたのかもしれません。

いや。。。ひょっとしたら、もうスタートしているのかもしれない。。。
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◆ガッツの高級評茶師(2004年~&2006年~)

外国人初&香港人初の、ふたりの国家級高級評茶師=中国国家一級高級技師(※4) が記録する、挑戦と探究のドキュメントです。

2000年から、商用ではない各伝統茶葉の継承の軌跡や、そこから、既存にない発想と独自の感性で前例のない研究を繰り広げている様子等を、その現場等から発信し続けています。

 

2004年からは、外国人を受け入れた前例のない中国国家機関の研究院のカリキュラムに参加させていただき(愛子)、2006年からは副隊長(ふいみん)も加わりました。

中国独自の専門分野における、辞書も資料も調べる方法もなく聞ける先駆者もいない膨大な学術用語の壁にぶつかり、愛子にはそれ以前の語学の壁も加わり、挫折しそうになっては二人で励まし合いながら、数度の国家試験を突破し、8年(愛子)&9年(ふいみん)かけて、ついに最後の難関にも合格することができました。まさか最高位に到達できる日が来るとは、スタート時は老師方も想像していなかったほどの世紀の大挑戦でしたが、その道のりに容赦はなく、早朝から深夜まで激ハードな缶詰め状態でよそ見する隙間など一切なかったため、その様子はほとんど発信しておりません。また、内容的に公開不可のため、この先も詳細等の発信はいたしません。しかし、そこでの学びは常に製茶に生き、その製茶のお蔭でステップアップし続けることができた年月であったため、その期間も製茶現場から発信し続けた情熱ぶろぐと、何よりも仕上がった全ての茶葉たちに大いに現れております。全カリキュラム修了後も、学ばせていただいたことを製茶に生かしながら、更に深まる謎を解くために学び続けています。

製茶時期以外は、このようにして探究し続けています。

 

振り向けば20年以上、『中国の歴史上最も激変した50年』とも言われる時代の中を、活動停止の危機を幾度も乗り越えながら、いつの日か自分の魂が求めるもっとおいしいお茶を飲むために、一歩一歩、発展を遂げてきました。

まだインターネットもデジカメも無く、携帯電話はおろか固定電話さえ珍しい時代を、地図片手に歩いて歩いて、おいしいお茶を探し周りました。ところが、なぜかいつも、その道中のお茶とは関係のない、思いがけない場所で・思わぬ時に・思いもしなかったようなお茶と深い縁がある素晴らしい方々と(例:※2・※5)、お茶も人も全く介せず一対一で遭遇し、その先へと導かれてきました。そのような方々との出会いは、時期も土地もシチュエーションも全くバラバラで、しかし共通して「9つの老茶樹」と同じようにとても奇妙であったため、話しても多くの人に信じてもらえないほどです。

 

愛情深い様々な方々とのご縁があったお蔭さまで、伝統が古いものとされ廃れていく中、時代を逆行するでなくますます進化してこられました。敬愛する茶師の大先輩方の温かい笑顔や励ましのお言葉にいつも背中を押され、過分とは知りつつもお褒めのお言葉が何よりも嬉しくて奮起し続けることができました。お蔭さまで難題に直面するほど心が高鳴り、今なお気がつくと夢中になって取り組んでおります。

2004年から11年間学ばせていただいた国家機関では、理論面の師匠方(※5)が『初めて知った…聞いたことがない』『もっともっと読みたい!全部見せてっ!お茶も全部飲みたい!』『みなさん、本当の研究っていうのはこういうことです』と、論文発表の質疑応答会場で毎回大絶賛してくださるので、心から嬉しいのと同時に常に身が引き締まり、更なる上へと挑み続けてこられました。

2003年から通っているおとんの山の家(製茶現場)では、実践面の師匠であるおとんが『これも飲んだことないっ☆ もっと飲みたい~♡』『作ったことない… どうやって作ったの??』『誰も作れないっ!誰も真似できないっ!もっともっと作ってーー!!』と、いつも大感動してくださるので、その笑顔が何ものにも代え難いほど嬉しくて、毎シーズンおとん初体験のおいしさを生み出し続けられてきました。

お蔭さまでこの20年近く、人も住まない高山の山奥は、季節になるといつも、若き茶師たちの歓喜のおたけびやら笑い声が木霊しています。

 

※4:愛子 2011年取得(外国人初)於 国家茶叶质量监督检验中心・杭州茶叶研究院
※4 :ふいみん 2014年取得(香港人初)於 国家茶叶质量监督检验中心・杭州茶叶研究院
※5:国家茶叶质量监督检验中心・杭州茶叶研究院の名誉院長・副院長を初めとする老師方

 

◆《心の隊員》(2007年~)

情熱ぶろぐに登場する挑戦の結晶である茶葉たちは、数ヶ月に及ぶ3人の茶師(おとん・ふいみん・愛子)による厳密な審評に合格し、且つ、愛子が納得できる仕上りのみ、《心の隊員》(※6)としてお分けしています(※7)。

《心の隊員》は、実際に飲むことで応援してくれるおいしいお茶が大好きな仲間=茶友です。製茶現場には参加できないけれど、心で挑戦に参加して、ぶろぐで誰も知らない世界を一緒に冒険して、新しい扉を開くドキドキ♡ワクワクを共に楽しんでくれる、かけがえのない仲間です。

同じ釜の茶葉を分け合う《心の隊員》たちは、愛子の心の最強の支えで、感覚を分かち合える最高の存在で、そのおいしい笑顔が最大の目標です。彼らがいてくれたから、ひとりの時もひとりではない感覚があり、絶望的な状況の時も心折れずに何度でも立ち上がることができ、今日まで続けてこられました。絶対的に欠かすことができない、心の製茶メンバーです。

とてもとても小さな趣味のサークルではありますが、時に言葉にならない世界に浸り合ったり、転げて笑い合ったりして、それぞれのもっとおいしいお茶を発見しながら、長い年月ゆっくりと和やかな活動が継続しております。

これからもきっと、新しい《心の隊員》と巡り会えると信じ、また、お休み中の《心の隊員》が帰って来られる日を願い、このささやかな和が細々とでも末長く続けられることを希望に、いつも歩き続けています。

 

※6:もとは、結果どうなるか分からない種々の夢の挑戦製茶の企画段階で募集し、実現後に結果を参加分に応じてお分けして終了していました。しかし、次第に挑戦内容や茶葉の質等が進歩して様々な変化があり、製茶後も紹介するようになりました。17春以降は、更に劇的に進化して、指定地点の鉄観音老茶樹のみを全て追究製茶し続ける、という長年の夢を新体制で現在継続中であり、全てを10年以上堪能できる茶葉に仕上げていることや、製茶時の審査に長期間要すること等、明らかに当初から大きく発展した新しいステージが始まっていること等から、茶葉の紹介方法等も大検討中で、まだ発表していません(17春・17秋・18春・18秋・19春・19秋:準備中、22年3月現在)。

※7:茶師個人の研究茶葉のため営利利用はお断りします。商用製茶はいたしません、申し訳ございません。非営利の自由研究活動の継続を目指し、お分けする茶葉分に要した製茶費用(主に茶樹・設備等の年間維持管理費)の一部と交換でお分けしています。ネットショップではありません、趣旨をご理解の上ご連絡頂けますようお願いいたします。私たちと同じように、個人的な趣味の会等でのご活用やシェアは大感謝♡大感激ですっ♪

 

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※1:

【参与制茶的茶叶】
浙江省:翁家山龙井、梅家坞龙井、桐坞龙井
江苏省:东山碧螺春、西山碧螺春
安徽省:黄山毛峰、太平猴魁、祁门红茶
福建省:茉莉花茶安溪铁观音、冻顶乌龙、毛蟹

【研究题目例子】
・全茶叶:品种的品质比较
・全茶叶:手抄与机器炒的品质比较
・全茶叶:柴锅与电锅的品质比较
・全茶叶:品种相同地域不同的品质特征之差异
・全茶叶:同一个村里不同地点、土壤等的品质特征之差异
・龙井与碧螺春:改变制茶法(龙井原料用碧螺春制茶法与其相反)的比较
・茉莉花茶:100%的茉莉花茶与使用玉兰花时的比较
・茉莉花茶:窨花可以到什么地步?多窨品质会有何变化?
・铁观音:茶树树龄相异的品质比较
・铁观音:手揉与机器揉的品质比较
・铁观音:生态茶园与一般茶园原料的品质比较
・铁观音:自然空气与利用空调的品质比较
等等、在继续

【论文例子】
・爱子
2009年 手工铁观音的魅力:与机工的品质特征的代表性相异点以及其原因的初步研究
2011年 铁观音手摇与机械摇的香气变化的感官记录
・慧敏
2011年 通过比较中国・香港・台湾・日本的中国茶教室看各地市场对茶叶的要求倾向
2014年 使用不同的水泡茶对茶汤影响的一个实验
等等

【其他】
2003年 第二届中华茶产业国际合作高峰会 发展研讨会 发表论文
2004年 上海国际茶文化节 名茶博览会茶王赛 参与评委
等等